From 山極毅
新しい内閣が発足し、2022年春闘に向けた賃上げ要請のニュースが出てくるようになりました。
季節のニュースと言うことで、安倍内閣の時の官製春闘について振り返ってみたいと思います。
今日のメルマガは、2019年7月にまとめたものをベースに、必要な個所を手直しして掲載しています。
会社の収益は上がっている。
総理大臣も賃上げを要請している。
しかし、サラリーマンの給料は増えない。
この不思議な現象を解説しましょう。
「官製春闘」というコトバを聞くようになってから、はや数年経過します。
2016年の年末、日本経済新聞の記事には以下のような見出しが並びました。
賃上げへ政府関与は適切か 2016/12/11
労働環境が生み出す生産性 人件費こそ投資の対象 2016/12/11
「官製春闘」もういらない 高度人材、脱・横並びから 2016/12/12
離職者には国の存在遠く 労働政策も骨太予算で 2016/12/14
改革、労使とも及び腰 警戒感の解消急務 2016/12/14
経団連指針案、年収での賃上げ求める ベア慎重姿勢崩さず 2016/12/14
どの記事も、現状の問題点を指摘し、あるべき論を展開しています。
しかし、「賃上げするにはこれだ!」という決め手まで踏み込めていません。
それだけ、この賃金の問題は複雑なのですが、データをよーく見ると浮かび上がる事実があります。
まずは、2014年度の賃上げから始まった「官製春闘」について、これまでの成果を確認しましょう。
まずは、厚生労働省の「民間主要企業春季賃上げ集計」で確認してみましょう。
注)調査対象企業=妥結額(定期昇給込みの賃上げ額)などを継続的に把握できた、資本金 10 億円以 上かつ従業員 1,000 人以上の労働組合のある企業 313 社。
この結果を見ると、2014年以降はすべて2%台の賃上げ率を維持していることが分かります。
「官製春闘」に一定の効果はあった、と考えても良い結果、のようにも見えます。
私は、大手製造業の人事企画部で、春闘や賃上げ関連の仕事を6年間連続して担当していました。
この経験のおかげで、企業側から見た時の政府の要請と、賃上げに関する企業側の理屈の両方を理解できるようになりました。
その経験を踏まえて、「官製春闘」の成果と、賃上げのために本当に必要なことを今回のシリーズで考えてみたいと思います。
最初に、「官製春闘」の成果をどのように評価すれば良いのか考えてみましょう。
正しく評価するためには、データから事実を把握することがまず必要です。
過去のデータと2014年以降のデータを見比べて、過去の延長線上よりも
2014年以降のデータが上に位置していれば、確かに成果はあったということになります。
このデータ検証の情報源として、財務省が実施している「法人企業統計」の過去データを使います。
「法人企業統計」は、日本国の営利法人等の企業活動の実態を把握するため、標本調査として実施されている統計法に基づく基幹統計調査です。
ですからデータの信頼性にまったく問題はありません。
少しずつデータを検証していきましょう。
安倍首相の狙いは、働く人々の手取りを増やし、個人消費の底上げにつなげるために賃上げを行うことです。
一方で、政府や日銀にはフラストレーションがたまっています。
なぜなら、財政出動や金融緩和で景気を下支えしてきたのに、企業が思ったほど賃上げに踏み切らなかったためです。
景気回復の勢いが鈍いのは、企業が賃上げをしなかったせいだ、と考えてらっしゃるようです。
果たして本当にそうなのでしょうか?
もしそうだとしたら、なぜ企業は賃上げ出来なかったのでしょうか?
データの検証のために、1960年から2015年までの統計データを使って、企業の営業利益の変動率と、従業員の給料の変動率の間に相関関係があるかどうか調べてみました。
以下のグラフをご覧ください。
青い線が企業の営業利益の変動率、赤い線が社員の給料の変動率(いずれも昨対比)です。
<図1.営業利益の変化率と社員の給料+福利厚生費の変化率>
これを見ると、青い線と赤い線にはほとんど相関関係が無いことが分かります。
散布図を書いて相関係数を計算してみると分かります。
係数は非常に小さいので、統計的にも相関が無いことが確かめられました。
<図2.営業利益と社員の給料には相関関係は無い>
つまり、本業のもうけを示す営業利益と従業員の給料の間には、歴史的に見ても相関関係はほとんど無いと判断できます。
「企業が儲かっているのに賃上げしないのはおかしい!」という主張は、
気持ち的にはわかります。
しかし、過去のデータを見る限りでは、「儲かり具合と賃上げには相関関係は無い」ということになります。
それでは、賃上げはどういう時に可能になるのでしょうか?
どうすれば、我々の給料はあがるのでしょうか?
給料のアップ率と相関が高いのは、企業が生み出す付加価値です。
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<解説>付加価値とは?
最も簡単に定義すると・・・
•付加価値額 = 売上高 ー 売上原価
つまり、売上から原価を引いて、会社の中に残ったお金、という意味です。
この付加価値の行き先は、以下の5費目になります。
なかでも一番大きいものは、人件費になります。
業種や規模にもよりますが、だいたい50%~70%程度の比率になります。
•付加価値額 = 人件費 +営業利益 + 支払利息等 + 動産不動産賃借料 + 租税公課
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付加価値を簡単に言うと、(付加価値)=(売上)―(外部調達費用)です。
売上からコストを差し引いて、会社の中に残るお金のことを言います。
先ほどと同じようにグラフを描いて、付加価値の変化率と給料の変化率を比べてみましょう。
赤い線が社員の給料の変動率で前のグラフと同じですが、青い線は企業の付加価値の変動率です。
<図3.付加価値の変化率と社員の給料+福利厚生費の変化率>
<図4.付加価値と社員の給料には強い相関関係がある>
付加価値の変化率と給料の変化率は、歴史的に見ても相関が高いようです。
相関係数も高いですので、我々の給料を上げるためには、付加価値を上げることで一番良さそうなことが分かりました。
ということは、「官製春闘」が始まった2014年以降、付加価値と昇給額の過去のトレンド以上に、実際の給料が上がったのかどうかをチェックすれば、官製春闘が本当に有効なのかどうかを検証できるはずです。
もし、実際にそうなっているのなら、新政権での賃上げ要請効果に、大いに期待できるはずなのですが。。。
次回、そのデータを詳しく見ていきます。
山極毅
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