日立製作所や富士通、KDDIなどがジョブ型人事制度への移行を推進していますが、その中でトヨタ自動車はベースアップを廃止することを発表しました。ジョブ型人事制度への移行と関係があるのでしょうか。今回はトヨタ自動車がジョブ型人事制度に移行するのか確かめていきます。
トヨタ自動車における人事制度改定のポイント
2020年の報道によると、トヨタ自動車は一律定期昇給を見直して、成果主義を拡大する方針を定めました。2021年から導入予定ということです。
※参考
トヨタ、一律の定昇廃止を決定 労組が受け入れ (日本経済新聞 2020年9月30日)
ただ、2019年にもトヨタ自動車では、すでに人事制度が改定されています。ベースアップ廃止の目的を理解するために、人事制度改定のポイントを確認していきましょう。
ポイント1.プロ人材の定義
プロ人材は自分で動くだけでなく、メンバーを動かして会社の戦略を素早く実行できる存在です。このプロ人材がジョブ型人事制度における専門家のように見えるかもしれませんが、トヨタ自動車ははっきりとした認識を示していません。
ポイント2.人材配置の最適化
社内フリーエージェント制度であり、どちらかというと自己申告型です。社員にそれぞれが望む仕事を行ってもらい、キャリアアップの流れを活発化させたいのでしょう。
一方、ジョブ型雇用では専門領域を踏まえて採用するので、社内フリーエージェント制度の仕組みは全く真逆に見えます。
この点から、トヨタ自動車がジョブ型雇用に移行しないという見方ができるかもしれません。
ポイント3.役員の数を半減
トヨタ自動車は役員の数を半減するなどして、幹部職のさまざまな階層を簡素化しました。制度改定の中でもかなり大胆な改革だったのではないでしょうか。
ポイント4.給与制度の見直し
日本では過去に、年功序列制度から職能給にシフトした流れがあります。
職能給とは、能力さえ持っていれば能力を発揮していなくても賃金を支払う仕組みです。一方、資格給は主任や課長などの職位に応じて賃金を支払う仕組みです。
トヨタ自動車は、これらの賃金制度を統合して職能資格給という仕組みに変更しました。この点はベースアップの廃止に関連しています。
ポイント5.評価の明確化
人間力と実行力という2つの評価領域を明確化しています。
【人間力の評価基準】
人間力の評価基準は下記の通りです。
- トヨタの価値観に関する理解・実践の度合い
- 素直さ
- 当事者意識
- チームワークなど
上司がチームメンバーや前後工程の部門に確認して評価します。360度評価のような仕組みを採用しているように見受けられます。
チームワークをベースにしているので、メンバーシップ型雇用のよいところを残したいのかもしれません。
【実行力の評価基準】
実行力の評価基準は下記の通りです。
- 専門性
- 課題想像力
- マネジメント能力など
職責に応じたビジネススキルの発揮について上司が評価します。人事用語でいえばコンピテンシー評価に近いといえます。このような制度改定をベースアップの廃止に向けて整備しています。
トヨタ自動車がベースアップを廃止する理由
「日産の最大の悲劇は、世界的に優秀な企業であるトヨタがライバルだったことだ」といわれるほど、トヨタ自動車は製造業として一流です。給料や福利厚生についても好待遇であることは容易に想像できるでしょう。
ではなぜ、儲かっている会社がベースアップを廃止するのでしょうか。トヨタ自動車がベースアップを廃止する理由に迫っていきます。
ベースアップと定期昇給の違い
そもそもベースアップと定期昇給の違いは何でしょうか。
定期昇給は年齢に応じて給与があがる仕組みです。たとえば、30歳から31歳になったときに1年で2,000円ほど給与があがるような事例です。給与の変化を視覚化すると階段のイメージになります。
ベースアップは給料の基本額の水準を高くする仕組みです。つまり、昇給の基準となる給与額が引きあげられます。
わかりやすくいえば、階段を進むのが定期昇給であり、階段の高さをあげるのがベースアップです。
トヨタ自動車はベースアップを廃止するだけでなく、定期昇給に関しても基本的に成果主義を導入しようとしています。
ベースアップの廃止で社内を変革
ベースアップと定期昇給は日本のメンバーシップ型雇用、終身雇用制度を支えてきました。
しかし、自動車業界ではテスラの台頭やインターネットに繋げるコネクティッドカーの開発など新たな競争が激化し、従来の体制では立ち行かなくなりました。
そのため、新しい視点を持って戦略を立案でき、それを実行できる体制が必要となり、若者への可能性に期待が寄せられるようになりました。
しかし、変革を望まない年配者がいると、若者が自由に働きづらくなります。その点で、トヨタ自動車はベンチャー企業のような体制を目指したいという狙いを持っているように見受けられます。
トヨタ自動車がジョブ型人事制度に移行しなかったのはなぜ?
ジョブ型人事制度と騒がれる一方で、成果主義を拡大するとの報道がありますが、最終的にトヨタ自動車はどちらの路線に進もうとしているのでしょうか。
人事制度改定を踏まえた結論として、トヨタ自動車は非常に成果主義を重視しており、成果を出せる優秀な人材を早めに昇格させて、上位のポジションで仕事を任せたいという目的が見受けられます。
あくまでジョブ型人事制度に移行するわけではないようです。
ではなぜ、トヨタ自動車はジョブ型人事制度に移行しないのでしょうか。
実は、富士通や日立製作所、KDDIなどは、海外の事業や組織の関係に応じてやむを得ずジョブ型雇用に移行している背景があります。
たとえば大きな会社から事業を買収すると、その社員や制度まで承継しなければなりません。さまざまな背景のある会社や組織を一つの人事制度で運用しようとすると、最終的にジョブを定義するしかなくなります。
したがって海外の人材を有効活用するには、現地の報酬体系や人事評価制度などを日本の企業と一緒にする必要があり、本社をジョブ型人事制度に変えるのが一般的です。
その点、トヨタ流の生産方式や開発方式はすでに確立されており、日本のシステムを海外に持っていくだけで運用できます。トヨタはグローバル企業というよりも、インターナショナル企業に近く、ジョブ型人事制度を導入する必要性が薄いのでしょう。
ベースアップの廃止が示唆するプロの必要性
トヨタ自動車がベースアップを廃止すると、ほかの企業も後に続く可能性があります。したがって、これから社員が企業で生き残るには新たな心構えが必要です。
トヨタの人事制度を参考にすると、「プロ人材」になることが求められるでしょう。専門能力を持つだけでなく、リーダーシップを発揮して戦略の立案から実行まで行える人材です。
このようなスキルを持った人材にならないと大企業でも自分の居場所がなくなってしまうでしょう。現在は昔と違って中小企業でも事業を成功させて、高い給与水準を保っている会社もたくさんあります。
一方で大企業は、プロセスや仕組みで利益を生み出す体制であり、仕事が限られていることから社員がスキルを磨くのに向いていません。
今までのトヨタ自動車も例外ではないでしょう。そのような体制に甘んじてきた社員はたくさんいるはずです。その中で役員が突然半分になり、いきなりプロ人材を求められた以上、社内は騒然としているに違いありません。
新たな環境を受け入れて切磋琢磨する社員もいるでしょうが、40~50歳の社員は特に踏ん張りどころでしょう。以前のように定年退職まで緩やかに過ごすというわけにはいかなくなりました。下手をすれば仕事がなくなったり、降格させられたりするからです。
トヨタ自動車のベースアップは時代に乗り遅れた社員には仕事を与えないというメッセージが読み取れます。この考え方はほかの日本企業にも浸透するでしょう。
人間死ぬまで勉強。新しいものやスキルに興味を持って仕事に取り組んでいけば、日本はもっと良い社会になるのではないでしょうか。