川崎重工が年功制を廃止するとのニュースが報道されました。川崎重工がジョブ型に移行するのか、気になっている方もいることでしょう。今回は、製造業の雇用形態を振り返りながら、川崎重工の人事制度改革の要点や目的を解説していきます。
川崎重工が年功制を全廃
2021年2月下旬、川崎重工が工場を含む1万7千人を対象に年功制を全廃するという知らせが報道されました。
“川崎重工業は2021年度から年功制の人事評価を全廃する。全従業員1万7千人を対象に役割や成果に応じて賃金やポストを決める。事務職や工場勤務者も対象とし、評価次第では若手の給与がベテランを上回る場合も出てくる。”
引用:川崎重工、年功制を全廃 工場含む1万7000人対象
(日本経済新聞)
報道では、製造業でも実力重視の人事制度が広まる可能性を伝えています。役割と成果に応じて賃金やポストを決めるというフレーズを見て、年功制の廃止がジョブ型を示すと勘違いしてしまう方もいるかもしれません。
しかし、川崎重工の人事制度改革が、完全なジョブ型に移行するとは明確に記載されていません。
また、製造業で年功制を全廃することで、日本の製造力がそがれるのではないかと、不安視する声も挙げられています。
そもそも川崎重工とは?
川崎重工は、1878年に創業した重工メーカーです。社名にある「川崎」は、創業者である川崎正蔵氏の苗字に由来しています。
社会の発展に貢献するとの理念にもとづき、陸・海・空をはじめ、深海から宇宙までに関する多彩な製品を生み出し続けています。
明治時代から100年以上存続する歴史の深いメーカーであり、1919年には船舶部を分離して川崎汽船が、1950年には製鉄部門を分離して川崎製鉄が設立されました。
創立100周年には記念行事として、元イギリス首相であるサッチャーによる記念講演会が開催されています。
多角経営をベースとして事業を展開しており、現在では航空宇宙、船舶海洋、車両、ガスタービン・機械、モーターサイクル&エンジン、プラント・環境、精密機械などを手掛けています。
人事制度改革の要点
報道をみるかぎり、なくしたのは年齢給だけです。そのため、川崎重工の人事制度改革では、年功制の廃止にともない、年齢給をなくす狙いが読み取れます。
一般的な給与の内訳を想定すると、川崎重工の給与も仕事給や役職給、技能手当、年齢給などに分別できると考えられます。
仮に給与のうち年齢給の占める割合が2割なら、その分の割合を難易度が高い仕事や資格が必要な仕事に再配分した可能性があります。
完全に年功制を廃止すると聞けば、プレゼンがうまくて画期的なアイデアを生み出す人が評価されるように思えるかもしれませんが、製造業では現実的にありえません。
給与を決めるとき、年齢ではなく技能を重視するということです。たとえば、自分だけで業務を遂行できるスキルや、ほかの人に技術を教えられるスキルなどが挙げられるでしょう。
スキルに応じた給与を支給したいだけであり、人事制度改革といっても激しい変化があるわけではないとわかります。
スキルの習熟と年齢は相関関係にあり、年齢が増えればスキルも定着しやすくなります。年齢が重視されなくても、真面目に勤務している社員の給与は上がるでしょう。
川崎重工の雇用形態
日本の製造業における雇用形態をおさらいしつつ、川崎重工の雇用形態を分析してみます。
日本における製造業の雇用形態
日本の製造業では、現場や業務によって製造対象が異なっています。基本的に仕事は変化せず、手に職をつけて少しずつ熟練していくのが一般的です。
自動車の製造でいえば、鋳造のプロセスがあります。熱で溶かした金属を鋳型(いがた)に流し込んで固める工程です。
突然、鋳造工程の担当者が、車両の組み立てに職務転換することはありません。このように日本の製造現場では、仕事が限定されています。
もちろん、職務を限定して採用しているわけではありません。しかし、技術を習得させるとなれば、職務を限定する働き方に近づくのも確かです。
したがって日本の製造現場は、そもそもジョブ型に近い働き方といえるでしょう。その一方で、定年まで働ける終身雇用制もベースとなっています。
突き詰めると、ジョブ型の要素を含む終身雇用制が、日本の製造業を支えてきた雇用形態だといっても過言ではないでしょう。
川崎重工がジョブ型に移行したとは断言できない
そもそも、ジョブ型とメンバーシップ型は誤解が多い概念です。
ジョブ型は職務を限定する雇用形態であり、メンバーシップ型は職務を限定しない雇用形態をさします。つまり、ジョブ型とメンバーシップ型の違いは、職務限定の有無です。
ジョブ型には専門スキルを磨きやすいメリットがあり、メンバーシップ型には生涯にわたって雇用を安定させられるメリットがあります。
製造現場のように、ジョブ型に近い雇用形態で専門スキルを活かし、なおかつ、終身雇用で生涯を保障してもらえれば、労働者は安心して技術を磨きながら勤務できます。
それにもかかわらず、ジョブ型の導入にはメンバーシップ型からの脱却がともなうという考えが見受けられます。
あくまで、ジョブ型とメンバーシップ型の違いは、職務限定の有無です。つまり、年功制の廃止はジョブ型の定義と関係がありません。
その背景を踏まえると、年功制を廃止するからといって、メンバーシップ型からジョブ型に移行するわけではないと考えられます。
川崎重工が年功制を廃止する意味は?
川崎重工を取り巻く環境は厳しくなっています。航空機エンジンや発電所のターボなどは需要が低迷しており、新しい時代を見据える段階に突入しています。
新しい製品を作るには、柔軟に対処しなければなりません。たとえば、ITスキルが求められる可能性もあります。
ITスキルに関していえば、若者のほうが親和性は高いでしょう。子どものころからパソコンやスマートフォンなど、IT機器を当たり前のように使っているからです。
新製品の製造に際して、必要なスキルにお金を支払うのは合理的です。
しかし、年功制のもとでITに詳しい若者を登用しても、スキルに見合った給与を支払えません。若手の勤労意欲がそがれてしまうのは言うまでもないでしょう。
実は同じことが、日本でも起きています。イギリスから製鉄技術が伝わったとき、日本では技術革新が起きました。計器盤を扱う必要があり、若手の存在に需要が高まり、ベテランが活躍しにくくなります。
技術革新にともない、年齢とスキルの重要性が逆転したのです。川崎重工の人事制度改革でも、スキルを重視する方針が読み取れます。
中国や新興国は労賃が安いことから、製品の値段を下げられます。競合に打ち勝つために必要なのは、やはり若い人の力です。今までにない取り組みを検討しないと、日本の製造力が落ちていきます。
最前線に立つ川崎重工はいち早く将来を見据えて、年功制の廃止に踏み切ったのでしょう。
人事の専門家から見ても、極めて前向きな判断です。理想の人事制度を追求するうえで、川崎重工のかじ取りについて、今後も注目しておくとよいでしょう。
こちらの動画でも詳しく解説しています。よろしければご覧ください。
川崎重工 製造現場もジョブ型に移行?